色彩文様研究所

名物裂

名物裂

御利益

茶の湯 と関わりの深い文様に、「名物裂(めいぶつぎれ)」の文様がある。「名物裂」とは、茶器の仕覆(しふく)、掛幅の表装や袱紗(ふくさ)に用いられる裂地のことである。その多くは、室町時代に中国経由でもたらされたインドの更紗(さらさ)ほか、東南アジア諸国の染織品の影響を強く受けたといわれる。文様を織りだす手法によって、金糸で織りだした金襴(きんらん)、生糸または練糸で織りだした緞子(どんす)、縞文を織りだす間道(かんとう)、二種類以上の色糸を用いて文様を織りだす錦などがある。
また珠光緞子(じゅこうどんす)、角倉金襴(すみのくらきんらん)など茶人の名称や使われた場所といった、その裂地に由来する名称がつけられているのも特徴のひとつである。
「名物裂」が数多く存在するのは、桃山時代の茶の湯の大成とともに、表装や仕覆自体も鑑賞の対象となったためである。現存する茶会記には、仕覆や表具の裂地の種類、文様、由来などが詳しく記されており、当時の関心の高さがうかがえる。[1]

鎌倉時代 から桃山時代頃に中国の元・明時代の優れた染織品が日本に輸入され、茶道をたしなむ時の権力者達に愛好された。それらは軸物の表装や茶入れの仕覆として、また切れ端になっても手鏡や裂帳に貼るほどの珍重ぶりであった。
「金襴」「緞子」「間道」を主流としたこれらの裂は「名物裂(めいぶつぎれ)」といい、収集家の茶人の名を冠して呼ばれるものが多い。金襴(きんらん)は丈夫な紙に金箔を貼って糸状に裁断した金糸を織り込んで文様を表すもの。きらびやかで拡張高い布で、高僧の袈裟や茶道具に用いられた。銀糸を使った織物は銀襴という。緞子(どんす)は繻子地の裏組織を使って文様を織り出した絹織物。生糸のうちに先練り・先染めをしているので織り出した文様は深みのある重厚なものになる。間道(かんとう)は一般に名物裂のうちで縞や格子模様を表したものをいうが、縞の間に紋を織り出すなどの実に多彩で手の込んだ表現が見られる。[2]

名物切 とも書く。この名前は古くから用いられているが、意義については明確でない。室町時代から中国の宋・元・明・清の各時代で製作されたものや、南方諸国の製品が長崎や境港を通じて日支貿易船や南蛮船によって輸入された染織品が、その当時の権力者や富豪、公家や茶人達に喜ばれ、自らの衣料としたり、芸能や遊芸の衣裳に用いたりした。また名家で珍蔵している、いわゆる「名物」といわれている茶器の袋に使用して一層その真価を発揮した。それ以来名物の茶器を入れる袋の裂ということから「名物裂」と呼ぶようになったものとされている。
中国や南方諸国の製品である名物裂がいつ渡来したかについて二・三の異説があるが、一般には大体次のようにいわれている。(1)極古渡(足利義満の時代)。(2)古渡(足利義政の時代)。(3)中渡(足利11・12代の永正・大永の頃)。(4)後渡(足利末期の永禄・天正の頃)。(5)近渡(徳川家康・秀忠の頃)。(6)新渡(五代綱吉の元禄ごろまで)。(7)今渡(八代吉宗の享保以後)の7時期にされている。
名物裂と呼ばれる染織物の種類については確然たる限定はない。名物裂は初めは「時代裂」と云ったらしく、それが悉く名物裂となったか否かは明かでない。現在名物裂と呼ばれるものは金襴・緞子(どんす)・間道(かんとう)・銀襴の四つが主たるもので、このほか印金・金紗・繻子・錦・海気・紋紗・銀紗・紋絽・繻珍・綴織(つづれおり)・更紗・風通・モール・ビロードなどもあって、総数三百五十点ほどである。
名物裂には特殊の名称がつけられている。その名のつけ方にはいろいろあるが、主なるものは (1)入れる茶器の名によるもの。例えば富田茶碗を入れる富田金襴・日野肩衝(かたつき)を入れる日野間道・松屋肩衝を入れる松屋緞子。(2)裂の文様によるもの。例えば一重蔓大牡丹金襴・大鶏頭金襴・花兎金襴・荒磯(ありそ)緞子。(3)伝来した人の名によるもの。例えば角倉(すみのくら)金襴・和久田金襴。(4)所有者の名によるもの。例えば舟越五郎左衛門の舟越間道・秀吉の臣青木紀伊一矩の青木間道・堺の商人糸屋宗有の糸屋風通。(5)生産地の名によるもの。中国の蜀で作られた蜀江錦・インドのサントーマスの桟留縞。(6)所蔵されていた場所によるもの。例えば京都清水寺で使用されていた清水裂・鎌倉建長寺の打敷であった鎌倉間道・箱根早雲寺の什器に用いられてある早雲寺銀襴。(7)これらの分類にはいらない二人静金襴・鹿文様や馬文様有栖川錦などもある。[3]

文様の「唐物文琳茶入 銘若草の仕覆」
唐物文琳茶入 銘若草の仕覆
泉屋博古館分館

文献等の用例


脚注

  1. ^ 並木誠士『すぐわかる 日本の伝統文様』東京美術 2006年
  2. ^ 『日本・中国の文様事典』視覚デザイン研究所 2000年
  3. ^ 岡登貞治『新装普及版 文様の事典』東京堂出版 1989年