色彩文様研究所
トンボ(蜻蛉)文
2021年5月14日
トンボ(蜻蛉)文
御利益武運長久 勝利祈願
蜻蛉 は、日本において「アキヅ」という古名があるように、古くから親しまれてきた虫である。弥生時代の銅鐸にも、蜻蛉の文様をみることができる。別名「カチムシ(勝虫)とも呼ばれたため、武士の間で好まれ、矢を入れる箙(えびら)や刀の鍔(つば)、陣羽織(じんばおり)などに多くほどこされた。そのほか武具文様として矢と蜻蛉を組み合わせた文様や、勝負を菖蒲とかけて蜻蛉とともにあらわした蜻蛉菖蒲がよく知られる。[1]
蜻蛉 は「アキズ」という古名があり、古くは弥生時代の銅鐸に描かれている。また「勝虫」「勝軍虫」などとも呼ばれ、武士に好まれ武具の文様にされた。矢や菖蒲(勝負と同音)と取り合わせて意匠とする。[2]
別に 「せいれい・とんぼう・あきつ・かげろう」などという。神武天皇が大和国の山上から国見をして「蜻蛉のとなめするが如し」と言われたという神話から、日本を秋津島・蜻蛉洲(あきつしま)と呼ぶようになった。蜻蛉は俊敏で攻撃力が強く、空中を飛び廻って小虫を捕らえ食うことから武士に好まれ、勝虫・勝軍虫(かちいくさむし)と呼ばれる。それ故、矢を入れる箙(えびら)には必ず蜻蛉文が描かれ、それが転化して家紋にされた。武蔵七党の一つである村山党の金子家がこれを家紋とした。原始時代の銅鐸にある蜻蛉文はわが国最初のもので、平安時代の「秋草双雀文鏡」に蝶や雀と共に秋草に配されている。[3]